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プロ野球12球団のロゴマークについて

2010
25
June

ここではプロ野球12球団のロゴマークについて紹介します。セントラルリーグは、中日、ヤクルト、巨人、阪神、広島、横浜の順に竜、燕、巨人、虎、鯉、星のロゴマークになっています。パシフィックリーグはソフトバンク、西武、オリックス、楽天、ロッテの順に鷹、ライオン、牛、鷲、かもめのロゴマークになっています。日ハムはよくわかりませんでした。
 八百長問題で激震が続く日本相撲協会の首脳の心労は、ピークに達しているようだ。18日には、北の湖理事(57)=元横綱北の湖=が過労でダウンした。

 大阪場所担当の北の湖理事は、来月に予定していた春場所開催中止が決まった今月6日から大阪入りし、会見など対応に追われた。中止に伴い大きな損害が出る相撲案内所、売店の経営者らと協議し、15日には大阪府立体育会館がある浪速区役所を訪ね、浅野宏子区長に頭を下げるなど関係5箇所を回っておわび。現役時代は「ふてぶてしい」とまでいわれて無敵を誇った元横綱も、連日の謝罪行脚で体力的、精神的に疲労が極限に達し、寝込んでしまった。関係者によると21日まで休養するという。

 放駒理事長(63)=元大関魁傑=も精神的に追い込まれている。18日の定例会見では、「テレビはなるべく見ない、聞かないようにしている」とテレビ、特にワイドショーに対して“恐怖症”に陥っていることを明かした。コメンテーターの辛口発言に感情が高ぶり、自らの考えが「左右されないように」というのがその理由。連日、部屋に報道陣が押しかけることについても「毎日張り付かれると“引きこもり”になる」と冗談ともとれない発言で苦しい胸の内を吐露した。

 “引きこもり”といえば、横綱白鵬(25)だ。八百長問題が表面化した2日以降、朝稽古は非公開。9日に会見に応じた以外は、部屋に閉じ籠もったままだ。その会見では八百長を見聞きしたことがあるかの質問に「ないとしかいえない」と微妙な言い回しをして物議を醸したが、その直後に自身の付け人の三段目光法(29)に八百長の仲介(中盆)疑惑が持ち上がった。今は報道陣の前に出るに出られぬ状況か。

 そんな中、八百長疑惑の真相究明は遅々として進まない。日本相撲協会は、疑惑が持たれる14人に対して携帯電話の提出を求めたが、18日までに提出したのは10人。うち3人の携帯は壊れていた。そのほか、1人が紛失したと届け出て、3人が未提出だという。角界の苦悩が晴れる日は、まだまだ先となりそうだ。

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 新生星野楽天の守護神候補のひとりが、新外国人の金炳賢(キム・ビョンヒョン)投手(32)。18日朝には、砂浜での“声出し”に参加。日本球界固有の(?)メニューに戸惑いながらも、通訳を伴ってナインの輪の中心に立ち、「楽天のユニホームを着ている以上、今年の目標はこのチームで日本一になることです」と声を張り上げていた。

 この金炳賢、1999年から9年間メジャーに在籍し、一時はアンダースローからの速球が150キロを超え「コリアンサブマリン」の異名を取った。だが、2001年に年間78試合に登板しダイヤモンドバックスのワールドチャンピオンに貢献したのはもう10年前の話。その後は低迷、ブランクを繰り返し、昨年は米独立リーグで投げていた。

 楽天にテスト入団こそ果たしたものの、すっかりさび付いた右腕に光明が差したのは今月13日。現役時代はアンダースローの名投手で通算284勝を誇り、09年WBC日本代表投手コーチも務めた山田久志氏(62=評論家)が沖縄・久米島キャンプを訪れ、直接アドバイスを受けたことだった。

 「(山田氏得意の)シンカーの握りを教えてくれたみたい」と佐藤義則投手コーチ。金炳賢は2日後の紅白戦に登板し、1回1安打1死球で1失点とパッとしなかったが、そのシンカーで左打者の中村を空振り三振に仕留めたシーンだけは光った。

 山田氏は「(星野)監督と田淵ヘッドコーチから、見てやってくれといわれたから。金炳賢には、確かにあんたはすごかったんだけど、年を取って体が変わっているんだから、それに合わせて投球フォームも変えなきゃいけない、昔の自分を追い求めてはダメだという話をした」と明かし、「監督と会ったのは、去年の夏に食事をして以来かな」とも。

 星野監督と山田氏は、1999年に当時の中日・星野監督に請われて山田氏が投手コーチに就任して以来、3年間コンビを組んだ仲。2001年限りで星野監督が退団すると、禅譲を受けるかたちで山田氏が後任監督に就任した。ところが、いきなり翌02年から阪神に転じた星野監督が中日のコーチを引き抜いたことなどから関係が悪化、一時は口もきかなかったといわれるが…。

 「2人とも“大人”だもの。腹の中には割り切れないものがあったとしても、野球が間に入れば、元の関係がよみがえるのに時間はかからないんだよ」とは山田氏と親しい球界関係者。

 球界には監督・コーチ人事やトレードをきっかけに、一生口を利かない仲というのも存在する。対照的に、星野監督とヨリを戻し、佐藤投手コーチにとっても阪急選手時代の先輩にあたる山田氏のアドバイスで金炳賢が復活するとすれば、願ってもない展開になる。(宮脇広久)


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